私の死に、両親は遅すぎた後悔を

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私の死に、両親は遅すぎた後悔を

GoodNovel new 完結

五歳のとき、交通事故に遭い、姉の早田綾音(そだ あやね)は私を助けるために両脚を失った。 あの日から、両親が私に一番よく言う言葉は、いつも同じだった。 「お姉ちゃんの人生は、あなたのせいでめちゃくちゃになったのよ」 私は名門大学に合格する。すると綾音は部屋に閉じこもり、一晩中泣き続ける。 母は目を真っ赤にして、私の合格通知書をビリビリに破り捨てる。 「お姉ちゃんが歩けるようになってから、もう一度受験しなさい」 それから私は、毎日16時間も配達の仕事をする。稼いだお金は、一円残らず綾音のリハビリ費用のために貯める。 お腹が痛くて腰を伸ばせないほど苦しんでも、両親は私を責める。綾音がサプリメントを食べてるのが羨ましくて、仮病を使ってるんだろうって。 私はこっそり病院へ行く。診断書には、こう書かれている。 ――重度の貧血、骨盤内炎症、胃潰瘍。 薬をもらうには五千円以上かかる。けれど、私にはそんなお金を出せない。 私は思う。まずは綾音のために膝サポーターを買えるだけのお金を貯めよう。自分の薬は、そのあとでいい。 けれど、大雨が降ったあの日、配達に遅れるのが怖くて、私は赤信号を無視して交差点へ飛び込む。そして、ダンプカーに撥ね飛ばされる。 雨の中に倒れた私は、手の中に買ったばかりの膝サポーターを握りしめている。けれど、もう二度と、自分の手で綾音に渡すことはできない。

チャプター (1)

第1章

五歳のとき、交通事故に遭い、姉の早田綾音(そだ あやね)は私を助けるために両脚を失った。 あの日から、両親が私に一番よく言う言葉は、いつも同じだった。 「お姉ちゃんの人生は、あなたのせいでめちゃくちゃになったのよ」 私は名門大学に合格する。すると綾音は部屋に閉じこもり、一晩中泣き続ける。 母は目を真っ赤にして、私の合格通知書をビリビリに破り捨てる。 「お姉ちゃんが歩けるようになってから、もう一度受験しなさい」 それから私は、毎日16時間も配達の仕事をする。稼いだお金は、一円残らず綾音のリハビリ費用のために貯める。 お腹が痛くて腰を伸ばせないほど苦しんでも、両親は私を責める。綾音がサプリメントを食べてるのが羨ましくて、仮病を使ってるんだろうって。 私はこっそり病院へ行く。診断書には、こう書かれている。 ――重度の貧血、骨盤内炎症、胃潰瘍。 薬をもらうには五千円以上かかる。けれど、私にはそんなお金を出せない。 私は思う。まずは綾音のために膝サポーターを買えるだけのお金を貯めよう。自分の薬は、そのあとでいい。 けれど、大雨が降ったあの日、配達に遅れるのが怖くて、私は赤信号を無視して交差点へ飛び込む。そして、ダンプカーに撥ね飛ばされる。 雨の中に倒れた私は、手の中に買ったばかりの膝サポーターを握りしめている。けれど、もう二度と、自分の手で綾音に渡すことはできない。 第1話 再び目を開けたとき、私はもう宙に浮かんでいた。 ふと下を見ると、家の食卓には三品のおかずと味噌汁が並んでいる。 私は玄関のドアを開けようとする。 けれど、指先はそのまま防犯ドアをすり抜けてしまう。 私は呆然とする。 そこでようやく気づく。私は、もう死んでいる。 母はキッチンで忙しそうに料理をしている。 エプロンを外し、出来上がった豚の角煮を乗せた皿を持って出てくる。 湯気が立ち上っている。 母はそれをテーブルの真ん中に置く。 「愛理(あいり)は角煮が好きだから。今日はわざわざ作ったの」 私は母の顔を見つめる。 母がこんなに優しい声で私の名前を呼ぶのは、これが何年ぶりだろう。 最後にそう呼ばれたのは、13年前。 あの日、私は5歳だった。 市場は人でごった返していた。 私は母の手を振りほどき、道路の向こう側へ走り出す。 そのとき、一台のトラックが突っ込んでくる。 耳をつんざくようなブレーキ音。 綾音が後ろから飛び込んできて、私を思いきり突き飛ばす。 その代わり、綾音自身が車輪の下に倒れる。 病院の廊下は、ひどく冷たい。 母は処置室の前に跪き、声を上げて泣き続けている。 やがて医師が出てきて、静かに首を横に振る。 「両脚を残すのは難しいでしょう」 母は振り返り、私を睨みつける。 その目は真っ赤に充血している。 そして私の肩を力いっぱい掴む。爪が肉に食い込む。 「愛理。お姉ちゃんの人生は、あなたのせいでめちゃくちゃになったの。 忘れないで。 これから一生、あなたはお姉ちゃんに借りがあるんだから」 この言葉を、母は13年間、ずっと私に言い続けてきた。 そして13年後の今日、母の顔からは、あの憎しみが消えている。 母は壁に掛かった時計を見上げる。 そこへ父が箸を四膳持ってやってくる。 箸を並べながら、ため息をつく。 「愛理、このところずっとお腹が痛いって言ってるよな。 俺たち、本当にあの子が仮病だって決めつけるの、もうやめたほうがいいんじゃないか?」 母は椅子を引いて腰を下ろす。 「確かに、顔色が全然ないものね。 今日はわざわざスペアリブを買ってきたの。帰ってきたら、ちゃんと食べさせてあげよう」 二人は玄関を見つめ、私がドアを開けて帰ってくるのを待っている。 けれど、私はもう二度と帰ってこない。 私は食卓に置かれたスペアリブを見つめながら、半年前のことを思い出す。 あの日、私は名門大学の合格通知を手に、家へ帰った。 私だって、家族がこんなふうにご馳走を並べて、合格を祝ってくれると思っていた。 けれど、綾音は私の合格通知を見た途端、自分の部屋に閉じこもってしまう。 部屋の中からは泣き声と、物を叩きつける音が聞こえてくる。 「これからは、大学に受かった愛理ばっかり可愛がるんでしょ!」 母は綾音の部屋の前に立ち、目を真っ赤にしている。 そして振り返ると、私のところへ歩いてくる。 母は、私が手にしている合格通知をじっと見つめる。 そして手を伸ばし、ひったくる。 ――ビリッ。 合格通知は、何度も何度も引き裂かれ、ばらばらに裂かれていく。 第2話 紙切れが、床にぱらぱらと落ちていく。 「愛理。お姉ちゃんが歩けるようになってから、もう一度受験するってことでいいでしょう?」 母は目を真っ赤にして、私に尋ねる。 私は何も言わない。 しゃがみ込み、床に散らばった紙切れを一枚ずつ拾い集める。 泣かなかった。 あの日から、私は二度と大学の話をしなくなる。 リビングは静まり返っている。 両親は廊下に背を向けている。 「これからは、愛理にももう少し優しくしてあげよう」母が声を潜める。 そのとき――ギィと、車椅子がフローリングの上を進む音が突然響く。 両親が勢いよく振り返る。 綾音が、いつの間にか部屋から車椅子を押して出てきている。 二人の顔色が変わる。 さっきの会話を綾音に聞かれて、また怒らせてしまったと思ったのだろう。 母は慌てて立ち上がり、気まずそうに口を開く。 「綾音、お母さんはそういう意味じゃ……」 綾音は俯いたまま、何も言わない。 怒ることもなく、自分で車椅子を動かしてテーブルのそばまで来る。 そして、テーブルの上のスペアリブを見つめ、ふいに口を開く。 「これからは、私のことばかり気にしなくていいよ」 両親は呆然とする。 綾音は顔を上げ、テーブルの上の料理を見つめる。 「愛理は毎日、夜中まで配達してる。 私なんかより、ずっと頑張ってる。 これからは、もっとあの子のことを気にかけてあげて」 父は眼鏡を外し、目元を揉む。 そして、力強く頷く。 母は背を向け、テーブルを見ないようにしながら、こっそり涙を拭う。 私は部屋の入り口に立ち、綾音を見つめている。 こんなに長い間、綾音が私のために口を開いてくれたのは、これが初めてだ。 私は綾音のところへ行きたい。 そして言いたい。 ――お姉ちゃん、私は全然つらくないよ。 私は口を開く。 けれど、声が出ない。 ようやくこの家族が、私に優しくしようとしてくれている。 でも私はもう、大雨の中で死んでしまった。 綾音のリハビリ費用を貯めるため、私は配達の仕事を始める。 毎日、16時間走り続ける。 一円たりとも無駄に使いたくない。 生理中でさえ、生理用品を買うのを惜しむ。 安いトイレットペーパーを何重にも折りたたみ、下着に詰める。 配達中、粗い紙が何度も擦れる。 太ももの内側の皮膚は擦り切れてしまう。 血が汗に混じり、ズボンの裾へと流れていく。 しばらく走ると、私は電動バイクを路肩に停める。 しゃがみ込み、袖で血を拭う。 そしてまたバイクに跨り、配達へ戻る。 配達仲間から、どうしてそこまで必死に働くのかと聞かれる。 私は何も答えない。 毎日、日記に一行だけ書く。 【私はお姉ちゃんから両脚を奪った。だから、一生をかけて償う】 毎月、配達で稼いだお金はすべて母に振り込む。 自分の手元には、ほんの少しだけ残す。 毎日、パンだけで済ませる。 壁の時計が7時半を指す。 父が立ち上がり、玄関まで行って外を覗く。 「もう7時半か。 愛理は、いつもならこの時間には帰ってくるはずだ」 そう言って、母を見る。 「電話してみてくれ」 母はスマホを手に取り、私の番号を押す。 プルルル――プルルル――プルルル―― しばらく鳴り続けても、誰も出ない。 母が眉をひそめる。 一度切って、もう一度かけ直す。 それでも、応答はない。 母の顔に、不安の色が浮かび始める。 半月前。 私はもう、お腹の痛みに耐えられなくなっていた。 お腹を押さえながら、両親に具合が悪いと訴える。 母は綾音のためにリンゴの皮を剥いていて、顔すら上げない。 「お姉ちゃんは毎日車椅子に座ってても、痛いなんて言わないでしょう」 「また仮病を使って同情を引こうとしてるの?」 父も顔をしかめ、私を怒鳴る。 「配達したくないなら、そう言えばいいだろ。言い訳するな」 私はもう何も言えない。 歯を食いしばり、一人で近所のクリニックへ向かう。 医師は検査結果を手にすると、眉間に深い皺を寄せる。 「重度の貧血、骨盤内炎症、それから初期の胃潰瘍です。 体が限界まで消耗していますよ。 すぐに薬を飲んで治療してください。これ以上、放置してはいけません」 第3話 私は薬の受け取り窓口へ向かう。 画面に金額が表示される――5500円。 ポケットに手を入れる。 すべてのポケットを探ってみても、入っているのは1050円だけ。 私は列から抜ける。 病院の隅まで歩いていく。 診断書をきれいに折りたたみ、ズボンのポケットにしまう。 そして病院を出る。 冷たい風が頬を撫でる。 私は、数日前に綾音が言っていたことを思い出す。 冬になると、脚がひどく痛むらしい。 綾音は、ヒーターが内蔵された輸入品の膝サポーターを欲しがっている。 ずっとその話をしていた。 私は自分に言い聞かせる。 先に綾音の膝サポーターを買おう。 それを買い終わったら、自分の薬を買えばいい。 母はスマホを置く。 父を見て、首を横に振る。 「出ないわ」 綾音が眉をひそめる。 自分のスマホを操作しながら、ぽつりと呟く。 「愛理、今日はまだ連絡してこない」 声はひどく小さい。 「いつもなら、配達に出たら写真を送ってくれるのに」 リビングの空気が変わる。 まるで突然、時間まで凍りついたようだ。 テーブルの上では、スペアリブがまだ湯気を立てている。 誰も箸をつけない。 父はもう一度椅子に腰を下ろす。 母はスマホの画面をじっと見つめている。 綾音は車椅子の手すりを両手で強く握っている。 私は食卓のそばに立っている。 不安に曇った三人の顔を見つめる。 私は手を伸ばし、母の髪に触れようとする。 けれど、その手は何もない空気をすり抜ける。 この半月、私は毎日お金を計算している。 ヒーター付きの膝サポーターを買うために。 朝は冷たいパンを二つだけ持って家を出る。 昼は何も食べない。 夜は帰宅して、カップ麺を一杯だけ食べる。 毎日の食費を切り詰める。 携帯代の支払いも先延ばしにする。 冬を越すために持っていた唯一の厚手のゴム靴まで売る。 それで数千円を手に入れる。 そうして、持っているお金をすべてかき集める。 それでも、膝サポーターの値段には少し足りない。 私は診断書を取り出して、一度だけ目を通す。 そして、またポケットにしまう。 もう少しだ。 膝サポーターを買ったら、薬をもらいに行こう。 四日前の夜10時。 私は仕事を終えて帰宅する。 お腹が、まるで刃物で抉られているように痛む。 腰を曲げ、ドア枠につかまりながら家の中へ入る。 母は綾音に薬を飲ませている。 私は壁にもたれ、苦しそうに息をする。 「お母さん、何日もお腹が痛いの。 少しお金をくれない?薬を買ってきたいの」 母は顔すら上げない。 綾音の口元へ、スプーンを運ぶ。 「お姉ちゃんは毎日車椅子に座ってても、痛いなんて言わないわ。 たった何日間配達したくらいで、あっちが痛い、こっちが痛いって。 家のお金は全部綾音の薬代に使ってるの。ひと箱何万円もするんだから」 そこへ父が部屋から出てくる。 冷たい目で私を見る。 「先月も腹が痛いなんて言って、適当なことを言ってただろ。 何千円も検査代を無駄にしたくせに。 今度も同じ手を使うのか? 綾音がサプリメントを食べてるのが羨ましくて、仮病を使ってるんだろう?」 私は口を開く。 胃の中が激しくかき回される。 けれど、何も言葉にならない。 私は背を向け、自分の窓のない小さな部屋へ戻る。 ドアを閉める。 そして硬い板張りのベッドに身を投げ出す。 布団でお腹を必死に押さえる。 エビのように体を丸める。 歯を食いしばり、漏れそうになる呻き声を必死に飲み込む。 もうすぐ9時になる。 テーブルの料理は、すでに二度冷めている。 母は料理をキッチンへ運び、温め直してから、またテーブルへ戻す。 それでも、誰も食べない。 母はスマホを手に取り、もう一度私の番号へ電話をかける。 プルルル――プルルル――プルルル―― 「申し訳ありません。おかけになった電話は、留守番電話サービスに接続されました」 機械的な女性の声が、静まり返ったリビングに響く。 母の手が震え始める。 「どうして留守番電話になるの? 愛理は、絶対に電源を切ったりしないのに。 電源を切ったら、配達の依頼だって受けられないでしょう」 父が窓辺まで歩いていく。そして窓を開け、下を覗き込む。 第4話 外は真っ暗だ。 薄暗い街灯と、雨が上がったばかりで濡れた路面だけが見える。 それ以外には、何もない。 綾音は唇が白くなるほど、きつく噛みしめている。 そして自分の脚を見下ろす。 「今日はずっと右脚が痛いの」 声が少し震えている。 「前に痛くなったときは、愛理がいつも早めに帰ってきてくれた。 揉んでくれたのに…… 今日はまだ帰ってこない」 リビングは、死んだような静寂に包まれている。 三人とも、何も言わなくなる。 聞こえるのは、壁に掛かった時計の針が刻む、カチ、カチという音だけ。 私は食卓のそばに立っている。 二度も冷めてしまったスペアリブを見つめる。 私はそれを持ち上げようとする。 綾音の前に置いてあげたい。 そして言いたい。 ――お姉ちゃん、先に食べて。私のことなんて待たなくていいよ。 けれど、その器に触れることすらできない。 今日は台風が直撃し、市内は記録的な大雨に見舞われている。 私は破れ目のあるレインコートを着て、配達の依頼を受けるために外へ出る。 雨水が襟元からどんどん入り込んでくる。 お腹がまた、激しく締めつけられるように痛み始める。 私はバイクを路肩に停める。 電柱にもたれながら、母に電話をかける。 「お母さん、今日はお腹がすごく痛いの。 腰を伸ばすのもつらいくらい。 今日は少し配達を減らして、早めに帰って休んでもいい?」 電話の向こうから、スプーンが器に当たる音が聞こえる。 母は綾音のためにお粥を作っている。 「綾音、ほら。熱いうちにお粥を食べなさい」 それから、母は電話口に向かって言う。 声は冷たい。 「愛理、お姉ちゃんも今日は脚がひどく痛むのよ。 もう言い訳はいいから、もう少し配達してきなさい。 リハビリ器具のお金、あと二万円足りないんだから」 私はスマホを握る手に力を込める。 胃から酸っぱいものが込み上げてくる。 少し黙ってから、私は答える。 「分かった。もう少し走ってくる」 私は電話を切る。 そしてドアを開け、大雨の中へ戻っていく。 雨粒が顔を叩きつけ、ひりひりと痛む。 胃の激痛で、視界が少しずつぼやけていく。 それでもバイクを走らせながら、頭の中で必死にお金を計算する。 今夜、この三件を終わらせる。 それに今まで貯めたお金を足せば―― 膝サポーターを買える。 私は医療用品店へ向かう。 そして、かき集めた小銭を店主に差し出す。 ついに、ヒーター付きの膝サポーターを手に入れる。 私はそれをビニール袋で何重にも包む。 濡らさないよう、慎重にレインコートの内側へしまい込む。 そして、今夜最後の配達へ向かう。 交差点。 信号が赤に変わる。 私は配達アプリの画面に表示されたカウントダウンを見る。 あと三十秒で時間切れだ。 私は止まらない。 アクセルをひねり、そのまま交差点へ飛び出す。 その瞬間、横からダンプカーが猛スピードで突っ込んでくる。 クラクションが雨音を切り裂く。 ――ドンッ! 凄まじい衝撃。 私は宙へ放り出される。 そして、勢いよく水たまりへ叩きつけられる。 体の下から血が流れ出す。 雨水を赤く染めていく。 それでも私の手は、胸元の膝サポーターを必死に抱きしめている。 ビニール袋は破れていない。 膝サポーターも濡れていない。 私は冷たい雨水の中に横たわっている。 視界が、少しずつ暗くなっていく。 そのとき、父がテーブルの上に置いていたスマホが突然鳴る。 けたたましい着信音が、静まり返ったリビングを切り裂く。 画面に表示されているのは、「不明な番号」だ。 父は母をちらりと見る。 「たぶん、愛理のスマホが充電切れになったんだろう。 誰かの電話を借りてかけてきたのかもしれない」 父は咳払いをしてから、電話に出る。 「もしもし?愛理か?」 電話の向こうは、二秒ほど沈黙している。 私の声は聞こえない。 代わりに、知らない男の声が返ってくる。 事務的で、重々しい声。 「もしもし。失礼ですが、早田愛理さんのご家族の方でしょうか? こちらは市警察本部、交通課です。 早田さんが建設通りで重大な交通事故に遭いました。 現場で亡くなられています。 ご家族の方は身分証をお持ちのうえ、至急、市立病院の霊安室まで遺体の確認にお越しください」

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